そろそろ、次のステップを考えなければ。

そろそろ、次のステップを考えなければ。

 

結婚後も幸男は消防署に勤め、私も会社員。

朝、「いってらっしゃい」と送り出した後は、翌日の夕方まで顔を合わせません。

消防署は24時間勤務。勤務が明けると西田さんの工房へ。

でも、このまま勤務明けに工房へ通っているだけでは、

これ以上の仕事は教えてもらえそうにないと薄々感じていたようで、

そろそろ何か行動を起こさなければ、と考え始めていたようです。

 

かつての消防署の望楼、実は私、庶子の祖父が初代消防長でした。

 

1994年5月 消防署時代、最後に出場した救助技術大会

 

結婚したのだから、将来の話も真面目にしていました。

子どもも育てたいし、せっかくの人生、つまらないままでは自分たちらしくもない。

そんなことをふたりで話していた頃、幸男はテニスの試合で膝をケガしました。

 

病院で診察を受けていたけれど、膝に水がたまったり、動作に支障が出てきたり。

違う先生に診てもらいたいと、レントゲン技師をしている叔父へ連絡しました。

 

叔父は、都内の大きな病院に勤めていましたが、時々、飯能へ出張に来ていたので、

先ずは、叔父にレントゲンを撮ってもらうことに。

 

そして、そのレントゲン写真を持って、紹介されたスポーツ外来の先生のもとへ。

 

先生は、幸男の膝を触診すると、即答で「手術だね」

診断は、前十字靭帯断裂。

 

幸男「手術は、いつですか?」

「一番早くて来年の1月末だね」

 

その返答に、幸男の目が光りました。

 

幸男の頭の中では、手術=チャンス到来!

 

1月末に手術して3月末に消防署を辞めちゃう。

そんなシナリオが、もう出来上がっていた模様。

 

そうして、年が明け入院の前日。

幸男が消防署のロッカーをすっかり片付けていると周りのみんなが、

「加成さん、もう来ないみたいですね」

 

幸男 「そうだよ、もう来ないから」と、答えたそうです。

 

無事に手術は成功し、翌日からリハビリが始まりました。

 

松葉杖と一緒に退院し、毎日リハビリに通いながら、消防署は(まだ)お休みしています。

 

3月に入り、まだ松葉杖が手放せません。(本当はもうなくても歩ける状態)

 

そんな頃、「もう歩けるなら、電話番の仕事でも」と消防署から連絡がありました。

でも、それは断って、代わりに退職届を出しに消防署へ。

 

退職届を出して、一応、それぞれの親に報告すると

予想通り、大激怒!

 

「今からでも遅くないから、取り消せ!」

「何馬鹿なことをしているんだ!」

 

でも、幸男はもう後戻りするつもりもなく、そう伝えるのみ。

 

そして、1995年3月31日。

幸男は消防署を退職し、翌4月1日から西田さんの工房で正式に仕事を始めることになりました。